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December 2008

「客室乗務員は保安要員」と言うなら

縁もゆかりもない職業の人と話をするのはおもしろいものだ。
先日女性客室乗務員の人と話をした。

年々労働環境が悪くなっているそうだ。労働時間の増加、サービス残業の増加、給与の引き下げ、そして正社員採用の取りやめ。
「客室乗務員は保安要員だから、労働環境の悪化は乗客の安全に大きなマイナスになるので、待遇改悪に断固反対し、待遇改善を求めていく。」そうだ。

まあそうには違いないが、カート押して飲み物配ったり、機内販売やっていることしか印象にないんだけどなあ。そりゃあいろんなことがあるだろうから保安が第一なのは認めるが、イメージがわかない。一般からの共感を得られるのだろうか。
保安要員としての業務が重要なのだったら、男性の客室乗務員の増員を訴えるのが当然の流れだろう。機内で暴力事件に対応するのも客室乗務員の仕事の一つと言うが、それは男性でなければつとまらないだろう。思いカートを押すのだって男性の方がいいに決まっている。それに、男性客室乗務員が増えれば女性客室乗務員が各種の休暇も取りやすくなるだろうし、乗務の回数も少なくなるはずだ。

だいたい、客室乗務員がほとんど女性というのは不自然だ。男だって勤まるはずだ。いや男性の方がホスピタリティの面で向いているかもしれない。高級な場所ほど男性が多い。いいレストランにウエイトレスは極めて少ない。女性はどこかサーバントに徹することができないようなところがあるような気がする。
実際カンタスに乗ったときは男性が多かった。それが普通なのではないだろうか。
筋骨たくましいオーストラリア男性は見るからに頼もしい。安心感を与えてくれる。華奢な日本人の女の子もいいが、全部それでなければならないことはない。男性が若い女性のサービスを喜ぶように、男性客室乗務員のサービスの方を望む女性もいるはずだ。

乗客の健康に配慮するのも客室乗務員の仕事だという。なるほどそうだろう。しかし、だとしたら看護師を乗せるように主張すべきなのではないだろうか。少なくとも、看護師免許を持っているとか看護師経験を持つ者を採用する一定枠を確保すべきだ。もともと客室乗務員は看護婦だったように。

飛行機材の規模にもよるが男性女性の客室乗務員が半々で、男女問わず最低一人の看護師。それがいいんじゃないのかなあ。

女性ばかりなのは、人件費を削減するためとイメージ戦略のため。客室乗務員は保安要員と主張するなら、自らの待遇改善を要求するだけでなく、乗客の利益を守るための抜本的な改善策を提案すべきだ。
雇用側の思惑にのっかりながら、自分たちの待遇改善のために保安要員を強調するのは都合が良すぎるように見られるのではないだろうか。

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立ち飲み放浪記 ~歌舞伎町~

バカな世の中だ。人間はどんどんバカになっている。昨今の経済事情を見ているとそう思えてならない。

今ホームグランドは歌舞伎町だ。ここの無秩序さはいい。人間のバカさ加減が露骨に出ている。もちろん自分もバカだから、その露骨なバカさ加減には癒される。

歌舞伎町では立ち飲み屋よりは椅子のある一杯飲み屋に行く。水準は高いと言える。某肉屋の店はロケーションの良さもあるがここのつまみはうまい。

私が好きなのは鰻屋が角にある小路だ。
もうもうと煙を放つK。最近出来たAのU。その間にあるどうってことない店。この三店から二店を選んで飲む。

Kはうまいのかどうなのか分からない。不思議な店だ。本店はここではないらしい。
ここで客は「先輩」だ。この言語感覚はなかなかのものだと感心する。
「やきは?」「さしは?」最初は意味が分からないが、飲みたい者にはこの聞き方がありがたい。勧めてくれると飲める。酒も同様。「先輩、お代わりどうですか」と聞いてくれると、ついつい頼んでしまう。酔いたい気分の時にはこれがありがたい。しかもお勘定は二枚で済む。

私はタバコを吸わない。日頃喫煙の場所には近づかないし、分煙が徹底されていない店には文句を言うが、歌舞伎町だけはどうでもいい。嫌なことには違いないが、別にどうでもいい。Kみたいな店はそんな気になる。タバコだけではなく私が嫌悪する様々なものがそこにはある。
しかし、ここではどうでもよくなる。決して肯定しているわけではないが、考える気にならなくなる。

歌舞伎町のKで飲んだ翌日、松濤のポルトガル料理の店で昼食をとった。
どちらも好きだ。

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派遣労働は違法にしたほうがいい

派遣労働者も派遣会社も大変な年の瀬になった。

そもそも派遣など極めて特殊な職種に限るべきだ。もともとそうだった。昔(そんな昔ではないが)の人は賢かった。
会社の都合で人間を物のように扱う制度は、一見会社に有利に見えるが、長い目で見ると確実に競争力を失うだろう。
年功序列、終身雇用のもとでは怠け者が得をするように言われるが、必ずしもそうではないだろう。会社は社員と家族のような一体感を持っていたから、社員は一丸となって社是のために取り組んだのだ。会社が自分を守ってくれるからこそ会社のために働いてきたのだ。それが日本の強みではなかったのか。

このままでは日本の力は弱くなっていく。

派遣は禁止にして使いたかったら正社員として採用するようにすべきだ。
まあ、今の状況は禁止も何も使う必要がなくなっている。形は正社員だけになるだろう。

じゃあ切られた派遣はどうする?ニューディール政策をやるしかないだろう。できるはずだ。日本は外国から借金を大してしていない。むしろ金を貸している。これを返してもらえばいい。

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青年は戦争を目指す

青年は荒野を目指す

かつてそんなことばがあった。五木寛之の小説の題だったと思う。いいことばだ。
青年は何時の時代でも、現状に飽きたらず何もない所に道を開こうとする。それが変革とかいうものだ。

しかし、社会が閉塞状況を迎えた時に指向するのは創造的変革ではない。現状のリセットだ。

不幸なことに日本はこのリセットの快感を体験してしまっている。

日本は戦争を道義的に考えすぎていた。自らを悪とすることにどれだけ耐えられるだろうか。しかも自分のあずかり知らぬ時代の「負の遺産」を負うことを受け入れろと言うのは酷ではないか。そういう視点で戦争反対を唱えても共感を得られるはずがない。
道義的に悪とするだけ、感情的に訴えるだけでは納得できるはずがない。だいたい、「日本人は他国を侵略しました。悪いことをしましたねえ。」などと言う日本人はたいてい自らを絶対安全な場所においている。そういう立場でしか言わない。そんなのは自己宣伝に過ぎない。
そういうまやかしを続けている以上戦争への欲求は胚胎し続ける。

今の日本社会に生きる若者が現状をリセットしようとして戦争を目指したとしても何の不思議もない。かつて敗戦の中からよみがえった我々日本の記憶がどこかにすり込まれているはずだ。
誰でもいいから殺して鉄槌を下されるのを望む。それは再生へのゆがんだ希望だ。そのゆがんだ希望を作り上げたのは誰だ。

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派遣の悲哀・・・え?

「ご苦労様明日からもう来なくていいです。」
派遣先から解雇を通告されて、明日から親子四人どう暮らしていいのか・・・・

ちょっとまってくれ。親子四人てなんだ。私と妻と子供二人。

こういうのを聞いていると「十分幸せじゃないかよ」と思う人もあるだろう。

自分の生活のため、社会で活躍するために恋も結婚も逃した「勝ち組」からすると十分幸せじゃないですかと見えるだろう。それ以上に何を求めるんですか?経済的な幸せを放棄した代わりに家庭が有るじゃないですか。

なにもかもほしいというのは贅沢だ。子供がいる時点で十分幸せだ。

両方無い人は気の毒だと思うが、子供が四人いて派遣でくびきられましたなんてのは同情しない。と思った人も少ないないだろう。

ただ、資本主義社会でも個人の努力次第でなんとかなるというのは幻想だろう。

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内定取り消し、派遣切り

私は就職活動をしたことがない。

大学も四年生ともなるとスーツ姿で大学に現れる学生が増えてくる。
「だせえの」自分の人生、企業に売るのかよ。

そんな気持ちは今も変わらない。スーツは着るようになったが。
もちろんいろいろな職業の人がいて社会が成り立っているわけだから、見下す気持ちなどない。しかし、21世紀になってあからさまに人の人生をグラム単位で売り買いするようになってきたと思う。

企業は株主のもの。そう言ってはばからない人が幅を利かせた時期があった。事実そうだ。しかし、それは雇い人の人生なんてしったこっちゃないということだ。内定取り消し、派遣切りがその典型だ。

資本主義では全てが商品となる。人間も、自分の人生を切り売りされる商品だ。

サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ。
あの頃はもう戻らないが、「たいらひとし」から見れば今の世の中は奴隷制の社会に逆戻りしたように思うだろう。

実力があるものだけが幸せになれる社会は誰も幸せになれない社会ではないのか。

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麺行使 伊駄天 本店に行く

立川ラーメンスクエアで気に入った伊駄天の本店に行った。

店はプレハブ作りの小さな店だ。あれほど洗練された味なのに意外だった。
平日の午後二時。次々と客が入ってくる。立川とは客層が違う。店の人もほんわかした雰囲気だ。

あれほどの研ぎ澄まされた緊張感のある味には釣り合わない町、店、人だった。

一番気に入っている肉そばを注文した。
あれ、ちょっと違うのでは?鰹節と醤油の香りが強い。食後の感想はこの地域の雑煮を食べた心境だった。

立川にまた行った。やはりこちらの方がうまい。

ただ一つ気がかりなことがある。こういう緊張感があるラーメンを食べるのは疲れる。馬込に醤屋という店があるがそこでも同じことを感じたが、伊駄天はさらに挑戦的だ。

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立ち飲み放浪記4 ~常連~

店に入った瞬間客の視線を感じることがある。

こういう店に入ってしまったときは携帯がなったふりをして出て行くことにしている。
なぜなら、こういう店はまずいからだ。

客が新たに入ってきた客に視線を向けるのは二つのケースがある。一つはその店に何かの居心地の悪さを感じているケースだ。もう一つは常連が多い店だ。自分たちのテリトリーを侵されることに警戒しているのだ。
いずれにせよたいがいまずい。

店が常連を大事にするのは経営戦略かなめた商売をしているかのいずれかだ。それなりの味を出せれば一見さん相手でも十分にやっていける。いずれにしてもその能力がない店は、いわば「付加価値」を与えることで固定客をつかもうとする。

しかし、中には常連が良い雰囲気を作り上げている店もある。
初めての客にさりげなくアドバイスをしたりして、いっしょに楽しく飲んでくれたりする。

ただ、いずれであってもいいと思う。結局は自分が何を求めるかだ。
はずれだったなと思うのもまた一興。もう一軒行けばいい。

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立ち飲み放浪記3 ~キャベツ~

立ち飲み屋のメニューは、ホルモン、焼き鳥。こういうのを食べていると生のキャベツがうまい、というかほしくなる。

ざく切りのキャベツというと、かつて市川駅南口にあった藤本陣を思い出す。
ここは好きだった。国府台の女子高に勤めていた頃、最大の楽しみはここで飲むことだった。元気があれば本八幡の月梅でネギそばを食べて総武線快速で帰る。
藤本陣のキャベツはただ切っただけだが、口中爽快、火照った体まで冷まされる感じだった。

立ち飲み屋のメニューにキャベツはよくある。工夫も様々だが、たいして手をかけるような代物ではないのではずれはない。
しかし、マヨネーズを添えただけなのはいただけない。立ち飲み屋のキャベツに合うのは、ごま油、塩、ニンニクだろう。

五反田の某ではゆでてごま油と和えて塩、ニンニクチップがふりかけてある。
浅草橋の某は、生のキャベツの下に塩とごま油がしいてある。わきにおろしニンニクがそえてあった。

新宿の某店で、ゆでたキャベツをバジルとオリーブオイルで和えたものがあった。これはおいしかった。他のつまみはたいしたことがなかったが。

キャベツをどう料理するか。これも楽しみだ。

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