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October 2008

道徳を欠いた経済活動

あるドイツの閣僚が「食料を投機対象にするのは道徳に反する」と言っていた。もちろんドイツ語だから日本語訳だが、こういうことばを聞いたのは実に久しぶりのような気がする。

アメリカも、その猿まねをしていた日本もすっかり道徳を忘れていたのではないか。

経済活動だけではない。教育でも医療でも、競争原理などと道徳に反することをやってきたのではないか。

大学では競争的資金の獲得などと金の亡者に成り下がって、真理の探究という研究者の任務を放棄し、「ウケ狙い」にうつつを抜かすのは研究者の道に反する。

私は今回の金融危機なるものは日本にとって決して悪いことではないと思っている。

道徳。何か懐かしい響きがする。

いつごろから日本人は道徳を忘れたのだろう。高度経済成長、列島改造論、バブル、バブル崩壊、構造不況、小泉政権、格差社会。あるときから熱病に浮かされたように金の破壊力に屈してしまった。

しかし、その中でも日本人は気づいていたと思う。気づいていなかった人は聞こうとしなかったのではない耳に入らなかったのだ。若気の至りというやつだが、やっと耳に入るようになってきた。
しかしそれには多大な犠牲があった。

大きな犠牲をはらって、アメリカ式のやりかたに「おかしい」と日本全体が自覚的になってきた。

バーネット『小公子』(若松賎子訳)の最後は、アメリカからセドリックを追ってイギリスに来たホッブズという乾物屋のことばで締めくくられている。
ホッブズはアメリカに帰らないのかと問われて

どふしてどふして、あつちへ落つくことなんどはまつぴらだ。
わしはこれでもあれの側に居て、一寸後ろ見をして居る積なんだ、若い、働きのあるものには結構な国だらうが、矢つ張り、得失処もあるな。全体、祖先なんといふことさへないし、侯爵といふものはなほのことだ。

古くさい言い方、誤解を生む可能性の高い言い方を敢えてすれば

ご先祖様に顔向けができるか。天皇陛下に申し訳なくないか。

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麻生総理は強運かもしれない

根拠はない。なんとなくそんな気がするだけだ。

麻生総理の支持率はぱっとしないそうだ。実力通りといったところだろうが、案外それも悪くないかもしれない。

今、世界の中でわりとまともなのは日本だ。それはおろかな政治家の失敗で企業も個人も自衛策を講じてきた。悪政も悪くはないのかもしれない。しかも、ホリエモンのおかげで金融システムのおかしさを国民あげて学習した。
バクチ経済の愚に日本人は早くから気がついていたのだ。

不思議なことに、日本は悪い方向に向かおうとすると決定的になる前に誰かそれを気づかせてくれる人間が現れる。外部資金の獲得や目先の成果だけに目がいこうとしたり、テストの点数だけで学力を測ろうとする知事が現れたりすると、ノーベル賞をとった人が基礎研究の重要さを説いてくれる。

まるで神風だ。

相対的に日本の地位が上がるだろう。神風が吹いてきたのだ。
麻生総理が吹かせたのではない。

宿敵民主も自ら倒れるだろう。倒れないまでも国民は安定を求めるようになるだろう。

小泉政権の愚行を国民も気づくだろう。怒りの矛先は見失ったままでも、小泉悪政のツケを日本は返していくだろう。

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立ち飲み放浪記 1 ~発端~

最近立ち飲み屋を巡っている。

見知らぬ他人の喧噪の中で一人でちょっと飲みたい。それは都会に住む者にだけ与えられた特権だ。
酒は生ビールジョッキ一杯。つまみはほんの少しでいい。変なうんちくは要らない。ただ一杯引っかけていい気持ちになるだけ。あとは酔いを冷ましながら山手線に揺られるだけ。

立ち飲み屋に入ったきっかけは単純。家で飲みたくないから。家で飲むと不健康だ。飲んで食ってすぐ寝る。これはいけない。酔いをさまさなければ。しかも飲み過ぎる。立ち飲みだったら自制する。酔いは足に来るからだ。
そしてつまみ。量はいらない。日本の酒に合うつまみも立ち飲みの楽しみだ。

かつてイギリスに研修に行った時、ほとんど毎日パブに寄った。生ぬるいラガーを飲んで£1。たったこれだけだが毎日の楽しみだった。その日のことをあれこれ思いながら、カウンターに寄り添う。
アムステルダムに行った時はバーだった。ビールを一杯やった後、いつもTeacher'sをストレートで一杯。いつも同じパターンだったので、バーテンも覚えてしまった。
いずれも楽しいひとときだった。おだやかに、覚醒とも酩酊ともつかず、考えるともなく考え、見ることもなく見続け、目の前にあることと琥珀の液体に自ら沈潜していく静かな満足感。

日本にもそういう空間はある。しかし、なまじ母国語だけに言わなくてはならないという強迫観念にとらわれてしまう。もちろんそれも悪くはないが、異邦人の気楽さはない。

喧噪の中の静けさ。この矛盾こそが立ち飲み屋の魅力である。

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景気は確実に良くなる

単純な理屈だ。

給料が下がれば物価も下がる。世の中全てが下がれば結局同じ事。

などというとちょっと経済を知ったかぶったやつは「そんな単純にいくわけない」というだろう。だから知ったかぶりなのだ。

そりゃあしばらくは大変だ。
物は売れなくなるが今までが変だっただけだ。エコでロハスでいいじゃないか。

今まであぶく銭を得ていたやつらが立ちゆかなくなるだけのこと。だけどもういいだろ。十分過ぎるほど儲けたんだから。

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金正日と加藤智大

北朝鮮による拉致は朝鮮民族にとって植民地支配の報復という意味合いもあるそうだ。
この話を聞いたときどっかで聞いた屁理屈を思い出した。

秋葉原事件の加藤智大だ。

その気持ちは分からないでもないがやったことはだめだ。拉致に報復的な意味があるとすると、金正日と加藤智大は同レベルのメンタリティということになる。

中国も似たり寄ったりだ。

幕末に馬関戦争で賠償金を盗られたことは最近NHK「篤姫」でもやったのであらためてよく知られることになった。
他国に来て勝手な振る舞いをしたのは日本が中国・朝鮮半島に対して行ったことと本質的に変わらない。他国の侵略行為を排除しようとしたのは正当防衛である。中国や韓国だったら英雄的行為として記録されるだろう。

日本が中国や韓国と違う点はここにある。
他国の横暴をゆるしたのは日本にも責任がある。横暴をゆるし国土を蹂躙させないためには負けを負けと認め、相手の力を利用して対等な力を身につけること(柔道の考えに通じるものがある)が唯一の選択肢だ。それを当時の日本人は分かっていた。いや分かっている人がいたのだが、重要なのはそれを採用したことだ。中国にも同じような発想はあったが採られなかった。

このあたりが植民地支配をされてしまった国とそれをさせなかった国の違いだ。

金正日と加藤智大は同レベルではないか。

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橋下知事を当選させた大阪府民の愚

世界で1300兆円が消えたとか言うが、じゃあ誰かが儲かっているのか?

そんな経済システムはおかしいと思わないのか?

ホリエモンがフジテレビを乗っ取ろうとしたときおもしろ半分に喝采したやつらは今どう思っているか。まあどうとも思っていないだろう。経済システムそのもののおかしさに気づいていれば、ホリエモンの時もおかしさに気づくはずだ。
(もっともテレビ局などという、くだらないエネルギーの無駄遣いなど誰に乗っ取られようが気にもならないが)

こういう世の中なのに奇妙なのは一般庶民の意識構造だ。秋葉原事件と大阪の府知事選に共通点があるのに気づいているだろうか。
不公正な経済システム、さらにそこでは弱者が弱者の足を引っ張り合っている。

典型的なのが秋葉原事件。これは言うまでもない。
大阪府知事は公務員の給料をカットすると言った。府の職員など大した額の給料をもらってはいない。トップ以外は皆弱者だ。その弱者をタレント出身の大金持ちの知事恫喝賃下げをする。それは弱者たる自分の姿ではないのか?

橋下は全国学力テストの点数で教育委員会を恫喝したという。
こちらも大きな失政だ。学力に対する考えのなさを自ら暴露しているのに気づかないのだろうか。
だいたい、この橋下という輩自体学力がないではないか。

ただ二つだけいい所がある。
光市の事件のことで懲戒請求を訴えたこと。そして、いじられキャラクタ。

知事を辞めても島田なんとかいう漫才師がテレビに引っ張るだろう。しかし地方公務員はそんな収入の道はない。

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Coi-na 「遠い夏」「ふくらしゃ」

今一番聞いているCDは、クラッシックでもアイリッシュでもない。沖縄出身の女性ユニットCoi-naだ。
実はどういう人なのかよく知らない。しかし、そういうことは興味がないので、今のところ調べようとは思っていない。

その存在と曲を知ったのはこの夏新宿伊勢丹で行われた沖縄音楽のフェスティバルだった。
沖縄音楽に熱心な友人に誘われて二日通った。何人も心をひかれるミュージシャンがいた。その中でもっとも印象に残った曲がCoi-naの「遠い夏」「ふくらしゃ」だ。

「遠い夏」には「ウージの森」という句が何度も現れる。これは少々耳障りだ。「ウージ」は俚言でインパクトの強い語だけにもう少し控える方が効果的だと思った。
しかし、説得力のある歌唱と沖縄を強調しないメロディーは親しみやすい。

「ふくらしゃ」は琉球古謡にあったと思う。古い沖縄方言の歌詞は耳に新鮮でかつ優しい響きだ。現代語の歌詞はちょっと陳腐だと思うがコントラストをなしていて少しもスポイルしていない。

ことばをことばで説明するのは仕事柄日常的によくやっているが、詩はそのまま鑑賞するのがいい。

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ミス・ユニバース

誰がこんなことを始めたのか知らないが、ずいぶんくだらないことに金を使う酔狂な趣味が有ったものだ。

曰く「単なる外見の美しさだけではなく、知性・感性・人間性・誠実さ・自信などの内面も重視される」。

どこが?

2007年のミスは日本人だそうだ。ちらっとテレビで見たが、よほど金の使い道に困って悪趣味な冗談をやらかしたとしか思えない。

別に女性の人格がどうのこうの言うつもりはない。ただ悪趣味だと思うだけだ。

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YOSHIKIって誰だ?

茶髪に室内でサングラス。そりゃあ相撲協会でなくともその辺の与太者とみられてもしかたがないのでは?

最近相撲協会は大変だ。よく知らないがまあ協会に問題があるのだろう。しかし、相撲の世界のことだからやいのやいの言ってみてもどうにもならない。中学生くらいで相撲の世界に入った人間ばかりだ。世間一般のことが分からなくても仕方がない。非難されるのもしかたがないが、それじゃあ相撲界を衰退させていいのか?

弱り目に祟り目というやつで、ここぞとばかりサンドバッグにさせられている。

私はすもうが好きで嫌いでもないし大して関心もない。同様にYOSHIKIとか言う人が誰でどんなことをやっているのか知らないし興味もないが、横綱の名前くらいは知っている。

呼ばれたのに怒鳴られたのはお気の毒だが、ニュースでやるようなことか。まして最近の事件と並べるセンスにはほとほとあきれる。

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