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November 2007

大学の格を下げる学部・学科

「生き残り」を口にするようになった時点でその大学の命運は決まったものだ。換言すれば、「生き残り」のために「社会のニーズ」に従った「改革」などと言い出したら大学の大学たる存在理由を失ったも同然。

そもそも大学は何をするところか?言うまでもない、学問研究をするところだ。専門学校ではない。
たとえば、医学部出身者は結果的にほとんど医者になるが、医学部は医師養成の職業訓練所ではない。医学を研究するところだ。
そんな当たり前を見失ったら最早大学は大学ではなくなる。

また、「TOEIC○○点以上100%を目標」などと言い出してみたりする。それは悪くはないが「海国日本、○生皆泳」などよりもどうでもいいことなのではないだろうか。
しかし、それはまだましかもしれない。学問の体系もあやふやな分野の学部を作ってみたり、研究者の養成が全く出来ていない分野の学部を作ってみたり。最近の学部・大学の新設は皆この類だ。

日本では大学で学ぶ学生の大多数は20代の若者だ。大学とは、若者が希望を持って新たな時代を切りひらくために学ぶところであるべきなのではないだろうか。
今の大学は、その点でどうだろう。

「変化の激しい時代に旧態依然とした学部・学科編成でその使命に応えることは難しい。」と言へり(笑)

一見正論のように映る。しかし、新しい学部・学科を支える学問研究分野がそれに応えるだけの学問水準と研究者の養成ができているのか?答えは言うまでもない。
「際物」学部もおよそ似たり寄ったりだ。

ただ、学生の中には真摯で優秀なものもいる。彼らの努力によりそれなりの水準に引き上げられる時代が来るかもしれない。ただ、それには100年くらいかかるだろう。

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看護学生のための言語運用能力向上法

看護学部・看護学科の教員は、母語による言語運用能力に優れた者はいない。学生の方が上だ。だから、ことばに関することで教員から何か言われても気にすることはない。それが一番の言語運用能力向上法だ。

「予め」を「よめ」と読んでいるなどはご愛嬌。害はない。
文章の意味をとるのも怪しい者が少なくない。いや、人の話をちゃんと理解できる教員は稀だといった方がいい。そういう連中が学生を選抜し評価する。正しい選抜・評価ができるのか?

「挨拶のできない学生がいる」などと言うが、教員にも挨拶ができない者が少なくない。
メールでの問いかけに対してレスポンスをしないで平然としている教員もいる。

能力が無く常識が無い。あるのは体力と後は何だろう。

特定の大学・短大の教員のことを言っているのではない。一般にこうだと言っているのだ。

しかし、看護婦がこうだというのではない。看護教員のことを言っているのだ。
ある人曰く「優秀な看護婦は現場を離れない」と。さもありなん。

看護教員だけではない、福祉も同様。

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立川ラーメンスクエア

立川ラーメンスクエアを全店制覇した。
ここは店舗が入れ替わる。全店制覇といってもまた入れ替わるかもしれない。実際前にも一回全店制覇した。代わっていないのは「いちや」「我流風」だろうと思う。

どの店もおいしいと思うが、どの店もなにか物足りない。
新しく入った「にゃみ」と「らぁ麺トラットリア」は特に。どちらもおいしい。しかし、「にゃみ」は一食とするには殺風景だ。じゃあ別にご飯とかなにかを食べるかというと、喜多方ラーメンはそれで完結しているので合うものはないだろう。喜多方ラーメンというものはそういうものなんだろう。「らぁ麺トラットリア」は逆に他の料理とのコースの中で食べたらおいしいだろうと思う。

ラーメンで物足りなさを感じない、満足するのは銀座の「共楽」だ。
最初は物足りなさを感じるが、食べていく内にどんどんおいしくなる。食べ終わった時「うまかった」となる。ラーメン一杯で和食やフランス料理のような盛り上がりを感じる。

ラーメンは今では「ジャパニーズ・ドリーム」の一つだ。多くの店が創意工夫を重ねてこの世界での成功を夢見ているだろう。
「麺屋武蔵」などは、抜群のセンスと努力を感じる。何気ない卓上のスパイスにも元のラーメンをスポイルしない配合が工夫されている。瓶詰めの豆板醤を置いてあるのとはわけが違う。

「俺とカッパ」は、開店した頃よりもずいぶんおいしくなった。この店も不断の努力を重ねているのだろう。

ラーメンが愛される理由はそこにもあるだろう。

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