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March 2007

結婚できないマザコン男

マザコンにはおおよそ三種類ある。
過保護、過干渉の結果、自己決定能力がなく、母親の支配下に置かれる男。あるいは、母親を理想化しすぎる男。
これが普通のマザコンだが、もう一種類ある。

暴君的な父親(例:海原ゆうざん)、女性を子供を産む機械としか考えていないような男(例:柳沢厚生労働大臣)の長男は、夫や姑に泣かされている母親の姿が心配でいつでも脳裏から離れず、自分しか母親を守る人間はいないと思っている。
こういうタイプもいる。母親の過保護、過干渉と見る人もいるかもしれない。

たとえば、

おとうさんがもう少しおかさんのことを大事にしてくれたら、自分ももう少し自由になれるのに。

これが言い訳に聞こえたら幸せな家庭に育った人だろう。

「結婚できない」にもタイプがある。
女性に好かれない。これは当然だろう。男の半数以上は女に好かれない。
女性が自分の基準に達しない。よくいう「理想が高い」。これは一般的なマザコンに多いのではないだろうか。普通誰でも身近な女性によって理想像(アニマ)を形成するのだから、母親に理想を設定しても不思議はない。しかし、女性を支配できる男はその息子(多く長男)でしかありえないという、恋愛からの経験則が決定的に不足している。
さて、もう一つだが、自分が父親になることを意識的・無意識的に拒否しているタイプだ。これは、マザコンの三番目に対応するのではないかと思う。
こういうタイプの多くは、自分の両親の姿から結婚に対してポジティブなイメージを描けないのではないか。これは女性にも当てはまると思う。

戦後、家族の単位は夫婦になった。しかし、そんなに短期間に変わるものではないし、変わるべき努力もしなかったし制度的な保証もしてこなかった。
ある強制力を持たせないと結婚しない男女が増えても当然だ。

戦争に負けるとはこういうことだったのか。

なんてことはないが、何世紀にも渡って祖先が築き上げた生活様式を簡単に捨て去ることに、何の躊躇ももたらさなかったのは、結局征服されたからなのではないのか。

いったいどうしたらいいのか?

どうなってもなりゆきにまかせると腹をくくるか、自分でなんとかするしかない。

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競争原理

アメリカから輸入したもので最高にカスなもの。というより使いかたを知らずに怪我したもの。

  競 争 原 理

日本人は自分の手柄を喧伝したりしなかった。しかし見る人はちゃんと見ていて、それなりに出世していって周囲もそれを認めて、組織は団結力と活力を保っていたものだ。
そういう記憶がある人たちは組織のために身を粉にして働くが、いきなり競争原理による評価主義に放り込まれた人たちは自己の利益しか考えなくなる。正当な競争ならまだいい。競争が相対的な優劣であるから、足を引っ張るのも当然ありだ。

大学では外部資金の導入だとか言っているが、それは大学が金儲けをしろないし金儲けの手助けをしろということであって、研究が社会的な意義や人類のためになるという大学が本来持っていた崇高な理念を放棄しろということだ。

金儲けをしたい人はすればいい。悪いことでも何でもない。金儲けと無縁であるはずの世界に金の話を持ち込むのは野蛮だ。
しかし、金ではなく権力を得ようとした者はその野蛮さを恥じることが無い。

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