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September 2006

校歌 ~立身出世

学問や文学・芸術などに接し高い理想を持つようになると、世の中を汚いものと矛盾したものと憤るのは青年期にはよくあることだ。地域社会への具体的な反感嫌悪が含まれていたが、私もやはり同じであった。
もちろん、その理想というのは個人で様々であるが、競争社会の中で自己との折り合いをつけるのが、一部の放蕩者以外の一般である。

 天は人の上に人を作らず 人の下に人を作らず といへり

有名な言葉だが、これほど誤解されているものも少なかろう。福沢諭吉は万民は平等だと説きたいのではない。「いへり」とあるように、これは伝聞である。
万民は平等だというが、実際には賢愚・貧富・貴賎が存在するではないか。その差は学問をするか否かにかかっている。だから諸君勉強しろ。もちろん、人は生まれながらにして貴賎貧富の区別があるのではないとは言っているが、主眼とするところは学問に励んで立身出世をしろということだ。いわゆる格差を是認しているのだ。
そもそもこれは、中津の藩士に対して行った講演であるから、士族階級の男子に宛てたもので平民は関係がないが、四民平等の世の中の新しい気風に合致したのだろう。それは「塩原太助一代記」も同じである。

 身を立て名をあげ やよ励めよ (唱歌「仰げば尊し」)

「学問ハ身ヲ立ルノ財本」(「学制被仰出書」明治5年)で、情けないことに130年経ってもここからあまり脱していない。

校歌では、「主語」がweであるから、さすがに立身出世を歌わない。立身出世は、そのモチベーションを高めるための手段であるから一応隠蔽されていると見るべきか。

 国家有為の材たるべしと 尚志研学心理を索ぬ (静岡県立富士高校校歌)
 文武の道を励めいざ 御国の柱礎と (静岡県立静岡高校校歌)

学問は国家繁栄のためであるとするが、実際科学技術などに顕著なように学問の進歩は日本の繁栄を支えてきた。しかるに、日本社会全体がその進歩に見合うだけの豊かさを実現させたかというとはなはだ疑問である。

 学問の蘊奥 人格の陶冶 へどだ (中野重治「東京帝国大学」)

しかし、一時芝蘭の室に入り清談を交わす快感の後、学問に対する尊崇と真理を求める謙虚さを身につけていく生徒もいるのも確かだろう。そういう生徒たちの心に響く校歌もありそうだ。

 花はこの世の清らかなわれらの年を 学問のための野にありと一輪 (静岡県立浜松北高校校歌)
 叡智の門ここにきわめ 理想の高峯更に目指さん (大阪府立四条畷高校校歌)

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校歌 ~母校

東京都教育委員会の、君が代斉唱の義務付けを違憲と訴えた裁判で、東京地裁は都立立学校の教職員ら原告の全面勝訴の判決を言い渡した。

そもそも義務化するようなものかというのが率直な感想だ。
なぜ歌わないか?生徒の側からすれば、これは校歌も同じで「しらける」からだろう。今の若者に限らず私が高校の時から同じだろう。
自発的に歌いたくなるような演出をすれば生徒は好んで歌うだろう。

今の若者だって君が代を進んで歌うことがある。サッカーの国際試合などがいい例だ。
私などのように、左翼思想が「トレンディ」だった雰囲気のある時代に「青春」を過ごしたものにとって、こういう光景はちょっと異様に感じる。だが、サッカー場で君が代を歌っている人たちからすれば私の方が異様だろう。時代の思潮は変化しているのだから当然で、それは相対的なものに過ぎない。
ところがそれを絶対的と確信するところに問題があるのではないか。

中国の反日デモは日本人のメンタリティにある変化を来した。それをナショナリズムと考えるのは早計で、内患は外憂によって一時忘れ去られるということだ。

君が代でも校歌でも、これを好んで歌うのは、「敵」に対して結束する意識が生じた時。つまり、他との比較によって自己を認めたいと意識する時だろう。典型的なのがスポーツの場であろう。タイガースファンが「六甲おろし」を大合唱するのも同じようなものだろう。

職場の出身高校OB会に一回だけ出たことがある。最後は校歌斉唱だった。上は60代、下は20代、40年の年の差はなく皆高らかに歌い上げていた。
少なくとも私の頃はあんなに元気に歌ってはいなかった。いやしらけていた。なぜ今になると「その気」になるのだろう。しかも嬉々として。

理由は単純。この職場には出身高校による学閥があるからだ。
学閥はある種のアイデンティティを覚醒させる。いや、眠っていたナルシシズムを覚醒させるのかもしれない。それはサッカー場で君が代を歌う人々の意識と共通するものがあるだろう。

学校というのは通過地点であるから、校歌も上記のような効用をすでに意識しているのではないか。

 円かなる岡のそよ風若草の息吹は燃えてなつかしき母校の庭に (富士市立吉原商業高校校歌)
 懐かしきかなわれらが母校 (静岡県立富士高校校歌)

また

 我らが母校の名をばたたえん (早稲田大学校歌)

というように校歌に母校の二文字が入っている例は枚挙にいとまがない。

「母校」は「出身校」であり、「懐かしい」は過去への思いである。在学しているのに既にそれを過去としているのは矛盾しているがどちらもあまり矛盾を感じられていないのではないだろうか。

学校は通過地点に過ぎないが、卒業後その経歴は有形無形の恩恵を与えることを示唆しているのだろうか。

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Abe総裁をアメリカ人は

リンカーンを思い出して親しみを感じるのか。

日本人だからとApeと誤読するのか。

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対中戦略の切り札

日本人とキリスト教社会は「赦し」という共通項を持っているが、中国にはそれがない。

そこで、荒井由美を中国に進出させる。

   ゆるしあう ほほえみは 神様にもらった 最高の贈り物(だっけ?)

普通に聞けば脱力するようなとぼけた歌詞だが、これを大衆文化の発達していない中国人の脳にすり込む。そのうち、政治も天下国家もどうでもよくなる。

問題は、ああいうどうでもいいような歌詞と、外れた音程を中国人が受け入れるかどうかだ。

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あべさんは靖国に行くか

あの人ナンバー2の立場でないと活躍できないのでは?
拉致問題で人気出たけど、これ、諸刃の剣。解決できなかったら逆に致命傷。

小沢に言い負かされそうだし。

中国には思い切り恩を売ってほしい。「美しい日本の首相として、中国人民の感情を考えて、参拝しません。」とか。
もとより歴史認識の問題じゃあない。ここを押さえることがポイント。小泉も麻生もそのお膳立てをしたのだからやれるだろう。

だいたい、日本政府も中国政府も(ノテウも)靖国を利用しているけど、そのうち罰が当たる。

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今日の(笑える)敬語

沓掛哲男防災担当相
「自然の脅威をまざまざと見せていただいた。」

おい!台風に感謝してんのかよ。

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校歌 ~君のために

「格差社会を・・・」というTV番組を見た。結局自分が「負け」ないためにはどうするかということで、格差社会自体をどうするのか、つまり肯定するのか否定するのかという話題はなかった。
現在の個人と社会の関わり方はこんなものかもしれない。社会に無関心ではないが、それをどうにかしようということではなく、その中でどう生き残るかを考えるだけだ。要するに他人はどうでもいい。

ある県で「知恵を創り共に働く」というようなスローガンを掲げている。「知恵を創る」という言葉自体変だが、前項と後項には何の連絡もない。ただ並べてあるだけだ。

では、人はどうしたら社会に変革をもたらしたり、共に働いたりするような気が起きるのだろうか。

「涙の数だけ強くなれるよ」
以前のキャンパスでは、卒業パーティの最後は学生の選んだ歌をみんなで歌っていた。ある年、この曲が選ばれた。
悲しみの感情は他者への共感を形成するのではなかったのか。もちろん、挫折や失敗などを糧とすることはある。しかし、学生諸君はこの歌詞のようなものにより強く共感しているのだろうか。そんなことを考えた。

校歌は感情を歌わない。感情の語彙はせいぜい「よろこび」「うれしい(有り難いくらいの意か)」くらいのものである。

 共に学べばよろこびは深くも 清く泉とわき川と流れて (静岡県立三島北高校)
 うれしき友と暁みあう 幸よ誇りよ乙女われら (静岡県立藤枝西高校)

当たり前といえば当たり前で、前途ある若者にはポジティブな未来を歌う。他者の悲しみに共感を喚ぶのは演歌の世界である。補い合えばいいのである。
駒形茂兵衛、ネロとパトラッシュを歌うのではなく、明るい未来や美しい日本の建設にまなじりを決して立ち向かうことを高らかに歌い上げるのが校歌である。
したがって、校歌と演歌とは語彙でも対照的である。たとえば、性は「雄々しい」:「女」、数は「みんな」「共に」:「一人」、天気は「晴れ渡る」:「雨」、方角は「東」:「北」、そのほか「強い」:「弱い」、「朝」「曙」「黎明」:「夜」、「青葉」:「落ち葉」、「実る」:「枯れる」などと。
もちろん、校歌にも雨が登場するが、逆接の従属節の中においてである。

 雨降り嵐すさぶとも 指してや行かん小笠山 (静岡県立掛川西高校)

「涙の数だけ・・・」を校歌風に翻訳してみる。

 巌根を穿つ白百合のごと 耐えしのびてし志操あり
 たゆまぬ我ら我が輩に 輝く明日の光あり

youはweにしなくては校歌らしくない。
「君のために」でなくては売れなかったろう。本音から言えば協働などしたくないからである。
演歌の退潮は故あることである。

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尊敬語

金沢一郎・皇室医務主管曰く

 新宮は...おぎゃあとおっしゃておられました。

と。

そうか、「泣く」の尊敬語は「おっしゃる」かぁ~~~ んなわけねーよ

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校歌 ~古き革袋

 なが胸の強き羽音は いずこ行く愛のしるしか (静岡県立大学校歌)

「な」「いずこ」などとあるから文語体のように思えるが、実は文語的な香りを漂わせた現代的な詩である。

 われは待つ、純粋が明澄の日をもたらすことを
 われは待つ、その創造がわが夢をなお超え行くことを

「純粋が~もたらす」「想像が~越え行く」のように、抽象的な概念の語が主語になるのは、西欧語の翻訳から生まれたもので、近世以前には無かった用法である。したがって、歌人だったらこのような歌詞は作らなかっただろう。
しかし、文語体もどきなどというつもりはない。

 時ありて世に塩せんと心を定む (静岡聖光学院校歌)

これも同じ作詞家によるものである。作ったのは作家小川国夫である。
私は小川国夫と同じ小学校、高校(旧制中学)を出ている。だからといって肩を持つわけではないが、生徒や学生が母校を懐かしむためには、格調のある歌詞でなくてはならないと考えて文語体を採用したのではないだろうかと思う。しかも、その内容はいかに雅文体とて美辞麗句の羅列ではいけない。いかに今の生徒・学生の共感を呼ぶものでなくてはいけない。そんなこともあったかもしれない。

個人の内面を表現するには、その時代の生きた言語に依らなくては目的を果たせない。口語体への傾斜は、江戸時代の戯作にその端を発する。地の文が口語体で書かれているのではない。作中人物の会話に口頭語が用いられているのである。地の文は言文一致を待たなければならないが、その胎動は既に江戸期にあったと見るべきだろう。

しかし、「なが胸」は他に置き換えるべき何か別の表現があるだろうか。「君の胸」「あなたの胸」「オマエの胸」・・・
「なが胸」は「なが胸」でしかありえない。これは詩人の直感が選び取ったもので些かの解説も要さないと思うが、敢えて贅言を弄すれば、日常生活などのディティールをはぎ取り、その核心だけを取り出すにはそれなりの選択が必要だということである。そしてそれを我々は持っている。文語は古き革袋ではない。

さて、小川国夫と私の母校の小学校校歌は、次のような小学生には難解なものである。

 松の緑の青島の 名に負う庭に立つ我が友は
 清き操を幹として 明き心を花とせん

 清き操の幹なれば よく霜雪の辛苦に耐えん
 明き心の花にこそ 誠実信義の実は結べ

これは私の祖母、父も歌った。

小学校5、6年の時、最後の「実は結べ」に疑問を持った。「実を結べ」ではないのか。学級委員のるみこちゃんにこのことを話したら、調べてくれた。理由は、先生がそういった、卒業アルバムにそう書いてあった、であった。さすがに学級委員である。その時もそう思った。
疑問が瓦解したのは中学校で係り結びを習った時だった。そうか、「実は結べ」でなくてはいけないんだ。嬉しくなってそばにいた友人をつついて喜んだものだった。

ある時小川国夫がこんなことようなを言っていた。
「四十の手習いとは歳を取ってから新たに何かを始めることではなく、ベテランの域に達した者がもう一度初心に戻ってみることだ。若いときに経験したものでなければ何事でも意味あるものにはならない。」

この校歌は子供には難しすぎるからもっとやさしい子供にあったものを与えるべきだと言った「進歩」的な大人がいたそうだ。
文法学、文献学の末席を汚すようになった身としては、「進歩」的大人が余計な口を挟まない時代に小学校時代を過ごせたのは僥倖である。

小川国夫もこの校歌を歌ったことだろう。

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校歌 ~校歌を作った人たち

校歌の作詞者・作曲者を見ていると同じ名前を何度も見ることがある。

意外な名前を見つけた。吉岡郷甫(1876~1937)である。
吉岡は形容動詞を品詞として認めた人物(今日的な意味で用いたのは芳賀矢一が最初であるが品詞としてたててはいない)、また仮定形の名を用いた人物として、文法学の世界では有名であるが、多くの校歌を作詞している。

 心の花ののどかに咲きて 我が家に匂ひこの世に薫る (桜蔭学園校歌)
 富士の高嶺の千古の雪の 茜さす日に輝ひわたる (静岡県立沼津西高校校歌)
 雲居にそびゆるみたけのふもと 狭間に通える木曽路のほとり (長野県木曽山林高校校歌)

ただ、吉岡の詞はそれほど多いわけではない。よく目に付くのは土岐善麿である。土岐善麿は、歌人・国文学者として名高いが、国語国字問題(特にローマ字)に関する著作もありやはりそういう意味で非常に親しみを感じる名である。

戦前はこういう人たちが校歌を作詞していたのだ。
おそらくもうこういう作詞家は現れないだろう。美を言葉によって再構成することから、自己の内面を表現する所に詩の目的が変わったからである。そして、そのためには日常の言葉を使わなくてはならない。文語体の凋落は、もちろん古典的教養が高度消費社会に合わないこともあるが、ここにも大きな理由がある。

さて、桜蔭学園と沼津西高校の作曲者は、ともに信時潔である。信時もまた多くの校歌を作曲している。金沢大学校歌、慶應義塾塾歌、大東文化大学校歌なども信時の作曲である。
信時といえば『海行かば』が有名である。

 海行かば水漬屍 山行かば草生す屍
 大君の辺にこそ死なめ かへりみはせじ

私はこの曲について語るべき多くを有しない。ただ、このような美しい曲が不幸な境遇にあるのは残念なことであると思う。

校歌を作った人を調べていると、校歌ではなく愛唱歌だったが、荒井由美の名もある。歌謡曲が音楽の教科書に載る時代だから、こういう流行歌の作詞家・作曲家によるものが学校の歌になるのも自然の流れであろう。それ以上に若者が天下国家を論ずる時代は疾うに去ってしまった。

荒井由美の歌を聞いていると、「神」「死」がよく出てくる。実際にどれほど使われているのかは国語研究所のI先生に聞かなければ分からないだろうが、私には実際耳につく。
「神」「死」は、我々が自己の存在の意味を考えるとき、その根源的な難問のキーワードとして必ず意識される。荒井由美の歌にはそのような根源的な問いかけは微塵もない。あるのは(大げさな言い方をすれば)素朴な日本人的な神観念であり死生観である。つまり、「神」「死」は現世の人間と連続する「存在」と意識しているということである。

「人は死ねばどんな悪人でもどんな偉人でも皆仏様になる」
「仏」が「神」になっても全く問題はない。どちらも概念ではなく観念なのだから。たとえて言えば、名詞ではなく感動詞である。

根拠のない確信ほど強いものはない。
信仰とはかくのごときものである。

首相が8月15日に靖国神社を参拝したのは、中国の「歴史カード」を封じる手段ないしはその意思表示だったのだろう。また、戦争は国家の事業であるからあらゆる事柄に国家が責任を取らなくてはならない。慰霊は国家の責任なのであって、「心の問題」などでない。
日本という国家が、個人に死の意味付けを行い、人生の大問題を拉し去ったのだから、日本という国家そのものが宗教であった。政教分離などで片の付く問題ではないはずだ。そしてそれを支えるのは日本人の神観念であり死生観である。

そうすると、日本というのは「国家」ではないのかもしれない。天下国家を論じることに意味がなくなっているとしたら当然の成り行きとも言えるだろう。

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