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August 2006

校歌 ~15の春

中学三年の春、高校受験のプレッシャーから解放された頃、授業中よく窓の外の風景を眺めた。はるかに牧ノ原の丘陵が見える澄んだ空を鳥が飛んでいる。
飛ぶ鳥は自由の象徴というか古来から歌われてきた。

 世の中をうしとつらしとおもへども
 とびたちかねつ鳥にしあらねば

自由とは束縛の対語である。freeが奴隷状態との対語であることを時に忘れるように、自由と束縛が相補関係にあることも我々はしばしば忘れる。何らの束縛が無いところに自由を求める意志は生まれない。自由の象徴とはまさにその意味である。尾崎豊が自由を求める歌を歌うときにその背後にあったのは「濁世」であり抑圧者の存在であった。

しかし、その頃、私には漠然とした期待があった。唾棄すべき地域社会、言うなれば濁世、から逃れる第一歩を踏み出す時、かつて抑圧者であった者と対等になれる時、即ち抑圧を克服する時が近づいている、と思っていたのである。

成績や進学、音楽、文学、恋愛や性などが人生の重要問題になってくる。それと時を同じくして友達が同志となるそういったことを分かち合い、競い合うのは、具体的な個人である。それを一言に凝縮すると「友情」になるのだろう。
今思うと当時の友達との関係が私にとって友情の原点であり、原風景である。
我々はそういった友情を記憶の中にとどめているから、見知らぬ他人と協働できるのではないか。

 集うものは皆 あふれる友情をかかえ
 それぞれの夢に 熱い誓いを結ぶ  (芝浦工業大学柏中学高校校歌)

小椋佳作詞作曲だそうである。なるほどと思う。
中学校の校歌に「友情」はよく登場するが、高校の校歌にはあまり見ない。新制中学の校歌は戦後作られたものが多いはずだから時代の思潮の変化が反映されているのだろう。

しかし、もちろん高校は友情をはぐくむ場ではないとは言わないが、高校くらいになると友情などというものは美辞麗句に聞こえてくることも多くなるのではないか。

自由は、孤独との戦いでもあるのだろう。

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校歌 ~謙譲の美徳

「河原撫子・・・」を校歌とする、静岡城北高校は旧制静岡高等女学校である。戦前では静岡県下屈指の名門である。その超名門校の校歌が「河原」で始まるのは意外であった。
河原と聞いてどんなニュアンスを感じ取るか。
かつて芸能人を「河原**」と言った。廃語になったのは、芸能人の社会的地位が向上したことで、それはいいことに違いない。どんな職業でも、反社会的でないかぎり蔑視すべきではない。(ちなみに私が現在の職業を選択したのは子供の頃の職業差別が一つの動機になっている)

静岡市内を流れる安倍川の河原、50代以上の人はあるイメージがあるだろう。忘れたいイメージが。

なぜ「河原撫子」の歌を生徒に贈ったのかと想像するのは考え過ぎかもしれないが、世を濁世と言い、自らを木鐸と自負する校歌が一方にあることを思うと、この作詞者は、選ばれた女子だからこそ驕慢に陥らず、謙譲の美徳を備えた人間になってほしいという思いを込めたのではないか。
それを思うと、昨今の「セレブ」だの「お嬢様」だのがいかにも貧困に見える。

「賤機」という地名も出てくる。「賤」の字を改めなかったのも同様の意味があるようにも思えてくる。

実際はどうなんだろう。

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校歌 ~みがかずは

女子校の校歌には、「鏡」「玉」をよく見かける。これをうける動詞は「磨く」である。学問による人格の陶冶をこのように喩えたのは、やはり対象が女性であるからだろう。

 珠を磨きて瀬戸川は 駿河の海にそそぐなり (静岡県立藤枝西高校旧校歌)

この学校は共学化し、校歌も新しくなった。「たまをみがく」は消えた。
おそらく、「鏡/玉・磨く」は、昭憲皇太后御製、東京女子師範学校(お茶の水女子大学)の校歌からの流れであろう。

 磨(みが)かずば 玉も鏡も なにかせん 学びの道も かくこそありけれ

ここのOGがかつて歌ってくれた。曲はどうも当初のものとは変更されて、小学唱歌に採られたものが歌われているようである。
華族女学校(学習院女子部)の「金剛石もみがかずば」も昭憲皇太后御製であり、同じような趣旨が詠まれているが、女子師範に下賜されたのが明治9年、華族女学校校歌の成立が明治20年なので、女子師範の方が先であろう。

このフレーズは、女性の品性を喩えるものとして散文にも見られる。尾崎紅葉は、明治21年「貴女の友」誌上で、当時のテヨダワ言葉を評して以下のように書いている。

 心ある貴女たちゆめかゝる言葉づかひして美しき玉に瑕つけ磨ける鏡をな曇らせた まひそ

ただ、この表現がいつ生まれたのかはまだ調べていない。

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校歌 ~大和撫子

「なでしこジャパン」を見て「物を足蹴にするような女が大和撫子か」と言った人がいた。久しく聞かなかった言葉、大和撫子。

校歌に花が登場するのは珍しくないが、花が生徒のメタファーとして用いられるのが多く見られる点は、やはり女子校の特徴かも知れない。

 学びの庭に咲きにほふ やまと心の花ざくら (跡見学園校歌)
 常磐の松の下かげに 開くをしへのには桜 (実践女子学園校歌)

桜は日本の国花であり、「大和心」の象徴であるから、女子校のみならず多く校歌に登場するのかもしれないが、実に多くの女子校の校歌に歌われる。
他に、薔薇、白百合なども登場する。

 薔薇の花は香る まして此處に学べる少女 (品川女学院校歌)
 谷間に匂ふ 白百合の操もすがし わが友どち (茨城県立水戸第二高校校歌)

さて、撫子であるが、やはり存在する。

 誠実かをるなでしこの その種あつくわれ播かむ (埼玉県立川越女子高校校歌)
 河原撫子咲きにほふ 安倍の川霧朝晴れて (静岡県立静岡城北高校)
 須磨ノ浦曲の松かげに 咲きも出でたる撫子の (須磨の浦女子高校校歌)

静岡城北高校の校歌は、戦時中時流に合わないとして変更されたが戦後もとの校歌に復したという。二番に

 あやにそめなむ賤機の 心の糸のきよらかさ
 織りなす色は花紅葉 やさしき胸やつつむらむ

という歌詞がある。ここの卒業生(初めて卒論を担当した学生だった)から聞いた話では作詞者は校長だそうである。このような美しい詞を贈った愛情の深さに感動した。
いろいろな高校の校歌を見たが、縁語を効果的に用いたこの校歌は最高傑作の一つだと思う。ここの生徒やOGの心の宝であり続けるだろう。それは幸せなことである。

かつての女子校が、統合されたり共学化されたりしている。校歌も変更されるだろう。哀惜の念を禁じ得ない。

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校歌 ~姉妹

世には女子校がある。ほとんど意識したことはなかったが、ある日突然関わりを持つことになった。
大学院生の時、生活のために高校の非常勤講師をさがして知り合いに頼んでおいた。ある夜見つかったと電話があった。私立の女子高校だった。

初めて女子校の教壇に立ったときのことを今でもよく覚えている。同じ紺の制服に、同じような髪型の女子生徒が整然とずらりと目の前に並んでいる。

 日本女性の美徳得て四海の人と睦みなむ (和洋国府台女子高校)

学校教育の内容に男女差があると思ってはいなかったし、日本国の威光を世界に普からしむるのが海外雄飛の目的であり、仲良くするのが目的だという校歌を見たのも初めてだった。

学校の教育理念もさることながら、この女子校には今まで自分が経験したことのない人間関係があった。
それまで私の通った学校では、師はあくまでも師であった。親しくなろうが、立場が変わろうが、師弟の関係は変わることがない。しかし、女子校の生徒と教師の関係はもっと横の関係で、教師は知識の伝達者であるばかりでなく、同じコミュニティの一員である。共に戦う同志ではなく、姉妹兄弟、家族に擬せられるものである。
次第に最初に感じた違和感は消え、女子校独特の人間関係を理解してからは、学園の明るさが見えてきた。それは私自身の意識の変化が大きかったのだろう。

 へだてぬかげに生ひそだつ おなじ学びの姉いもと
 とけやつぼみの花のひも 雨のなさけを母として (跡見学園校歌)

また、女子校では生徒が「女」を演じない。率直に、能動的に行動する。補佐的な役割に回ろうとはしない。
姉の長女が中学受験の時、女子校を薦めた。そのせいかどうか分からないが、姪は女子校に進んだ。どんな学園生活を送ったのだろう。

 風にそよぐうつくしきもの 楓よ楓の園 (東洋英和女学院校歌)

何か縁があったのだろう。現在に至るまで長く女子教育に携わることになった。

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校歌 ~濁世

静岡県立富士高校の校歌を引いたが、この校歌はwebで聴くことができる。
メロディも歌詞も、かなり典型的な戦前の校歌で、私はいい歌だと思う。楽譜上は付点(タッカ)だが実際の歌はそんなにリズミカルではない。そこが日本の歌らしくてまたいいと思う。

聞いているとこんな歌詞があった。

 若き人生の闘士我等の使命は重き此の濁世に起つ清浄の学舎の姿

濁世という言葉で思い出した寮歌がある。

 夫れ西海の一聖地濁世の波を永遠に堰き (五高)
 混濁よそれ人の世か紛乱よそれ世の様さまか (六高)

このような高踏的な姿勢は次の寮歌にも見られる。

 治安の夢に耽りたる栄華の巷低く見て (一高)

俗世間は濁世である。しかし、ペシミスチックになっているわけでもないし、屈原のように身を投じようというわけでもない。
世俗を超越しているかに見えるこれらの歌詞の意味する所はなんだろう。屈原や韓愈などの詞のようにそこで世俗との折り合いを付けるというのではない。待っているのは出世競争である。
自分たちの学校は、俗世間とは一線を画す「清浄の学舎」「聖地」なのである。濁った俗世間の中にあって、刻苦勉励して真理を追究する、「一般人」とは違う選民たちの集う空間なのであることをお互いに確認し合うのは、いわばその後の競争に対する応援歌みたいなものなのだろう。
濁った俗世は、彼らの自己実現を待つ「素材」なのである。

 さらば我が友叫ばずや時と人とを諭すべく (五高)

自らが社会のリーダーとなるのであって、そこに集う学友はその資質がある。「清浄の学舎」「聖地」とは実に人そのものなのである。

 一たび起たば何事か人世の偉業成らざらん (一高)

そして、世の木鐸を自認する人々は目的遂行に強い自信と自負とを持つ。

 行途を拒むものあらば斬りて捨つるに何かある (一高)

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校歌 〜寮歌

旧制高校の寮歌を知ったのは高校生の時のことだった。
どこだったか覚えていないが、寮歌祭にたまたま出くわした。幟を掲げ弊衣破帽のおっさん連中が歌っているのは、自分の高校の校歌や応援歌に歌詞もメロディーもよく似ていた。いや、実際は校歌が寮歌に似ているのだ。
聞いたことがないような言葉だが漢語が多いのがよく分かった。

すぐに寮歌の資料を集めてみた。
メロディはそれほど大したことはないと思ったが、語彙の豊かさには驚いた。これが自分より少し上の年齢の学生が作ったとは。

 嗚呼玉杯に花うけて、緑酒に月の影やどし・・・(一高)
 紅もゆる丘の花、さみどりにおう岸の色・・・(三高)

気に入ったのは五高「武夫原頭に草もえて」と北海道帝国大学「都ぞ弥生」だった。
20歳の年、九州に自転車旅行に出かけた。熊本に立ち寄った時、竜田山に登った。年配の男性に「武夫原というのはどっちの方面ですか?」と聞いたら、杖で指し示しながら「あれは五高の学生が付けたもので普通にはそんなことは言わなかった」と教えてくれた。

旧制高校の生徒と言えば超エリートだ。一般の人が使わない言葉を使うのは、弊衣破帽と同様、エリートたる自意識のあらわれであろう。そういう鼻持ちならないエリート意識は、現代では嫌悪されるだろう。

旧制中学(もと藩校も含む)を母胎とする高校の中には寮歌調と思えるものがある。高い理想を持つのは同じだが、国家のために働く人材となることが歌われている点では異なるのかもしれない。旧制高校の生徒は、その時点ですでにエリートだったからだろう。

 わが力わが誠世のためにつくさん (山形県立興譲館高校)
 国家有為の材たるべしと尚志研学真理を索ぬ (静岡県立富士高校)
 皇国の為に世の為に、尽くす館友幾多 (福岡県立修猷館高校)

こういう校歌を歌っている学校もあれば、「この学校に入って出会えて良かったね♪」などと歌っている学校もある。

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校歌 〜富士山

校歌には郷土の山河が詠みこまれれていることが多い。
富士の他、霊峰・富岳・芙蓉峰などと、関東地方、静岡、山梨、そして愛知の学校には富士山がよく現れる。富士山が実際に見える地域とかさなるのだろう。おもしろいことに徳川の勢力圏とも重なる。

富士山は単に風景としてよまれるだけではない。富士山につく形容詞をあげると玲瓏、高い、白い、気高いなどである。そして、「高い」は「理想・希望」などにつながっていく。動詞は「仰ぐ」が多く、富士山は我々が目標とすべき高い理想の象徴なのだ。
富士山の「縁語」で目立つのは「雪」で、「清い」「操」などにつながる。高い理想を持ち、高潔な人格を備えた人間を育てるのが学校教育の理念なのだろう。まさに漱石『三四郎』の広田先生の言葉とおりだ。
典型的なのは静岡県立静岡高校の校歌だ。

 ・・・理想は高き富士の山 八面玲瓏白雪の清きは我らが心なり

富士山に限らず山は同様であるかもしれない。しかし、それは高い理想を持つのが学校教育の理念とされる時代のことであり、時代が変われば当然扱いも変わるだろう。

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校歌 ~白砂青松

高校野球の楽しみの一つに全国の高校の校歌が聞けることがある。最近は2回の表裏に両校やるので最後まで試合を見なくてもいい。(!?)

旧制中学からの進学校のは概して高踏的だが、戦前からある商業高校のは郷土の自然を歌った牧歌的なのが多い。

 波階調を奏づれば 琥珀とけゆく駿河湾 (静岡商業)
 漣清き鳰の海 その八景の岸近く (八幡商業)
 鵬程万里果てもなき 太平洋の岸の辺に (高知商業)

今年は出なかったが愛媛県の松山商業の「・・・ 秋万頃の波打てば 空に黄金の 響きあり」、これもいい。
作詞者を見ると、土井晩翠などの名も見える。戦前の商業学校がいかなる存在だったかをしのぶ縁ともなろう。 

新設の学校は、あまりぱっとしない。中には恥ずかしくなるのもある。(歌でも先人の徳を受け継いでもらいたいもの)

気になるのは校歌斉唱の時の態度だ。帽子をかぶったままとかメガホンを打ち鳴らしながらと。
その中にあって優勝した早稲田実業は流石だった。早稲田大学のスタイルに影響を受けているのだろうが、脱帽し「気をつけ」だった。これが普通だと思っていたがそうではなかった。

自分の学校の校歌は、甲子園で聞いたことはないがTVで流れたことがある。
学校は嫌だったしつきあっている友達も少ない。だが校歌は悪くなかった。

  我が学舎の高き名を 永久に讃えん 友よ いざ

最後まで流れなかったのがご愛敬。

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中国人なまりのスパム

Date: Mon, 21 Aug 2006 10:20:05 +0900
To: <*****>
From: 一等賞当選
Subject: メールを届いたの、おめでとうね(*^。^*)
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だってさ。
助詞抜けまくり。長音符も抜けてる。助詞の使い方、動詞の自他も狂ってるアルよ。
「直メール」という言葉は知らなかった。こんなのあるんだ。

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